
ワールド・ベースボール・クラシックや、野球日本代表の話題がニュースを賑わせています。
盛り上がり自体は素晴らしいことです。
ただ、その“熱量”がすべての人に共通しているかというと、決してそうではありません。
今日はその「熱量の勘違い」について、少しだけ整理してみます。

スポーツは、好きな人にとっては生活の一部です。
・試合日程を把握している
・選手の名前を覚えている
・代表戦は当然チェックする
しかし、興味がない人にとっては
・ニュースで流れているな、という認識
・ルールもよく知らない
・代表戦でも特に感情は動かない
この差は「知識の差」ではなく、関心の差です。
そして野球やサッカーは、日本では特に母数が多い分、
「みんな当然知っている」「みんな当然盛り上がっている」と思い込みやすい競技でもあります。
よくあるのが、
「日本代表なんだから興味あるでしょ?」
「昨日の試合見た?」
という前提から始まる会話。
しかし、スポーツに興味がない人にとっては、
・日本代表でも
・草野球でも
本質的な違いはそこまで大きくありません。
興味がないという一点においては、同じカテゴリーなのです。
これは愛国心の問題でもなければ、冷たいわけでもありません。
単純に“関心の外側にある”というだけです。

例えば、
・カバディ
・クリケット
・アームレスリング
・eスポーツ
それぞれに熱狂的なファンがいます。
映画の題材に取り上げられたりする場合もあります。
しかし、自分がやっていない競技だと
「へえ、そうなんだ」
で終わることもありますよね。
でもその競技をしている人から見れば、
それは“生活の中心”かもしれない。
つまり、
自分の当たり前は、他人の当たり前ではない。
これはスポーツに限らず、すべての趣味に共通する構造です。
一番避けたいのは、
・見ていない人を非国民のように扱う
・知らないことを非常識のように言う
・盛り上がらない人を冷めていると決めつける
興味を持たない自由も、尊重されるべき価値観です。
熱く語るのは素敵なことですが、
相手の温度を感じることのほうが、もっと大切です。
実はこれ、婚活でもよく起きます。
「普通はこうでしょ」
「みんなこれくらいは知っている」
この“普通”の押し付けが、すれ違いを生みます。
価値観は多数決ではありません。
相手が違う温度であることを前提にする。
そこから会話を始めるだけで、空気はずっと柔らかくなります。
・スポーツは熱量の差が大きいジャンル
・日本代表でも興味がない人はいる
・それは愛国心の問題ではない
・自分の当たり前を押し付けないことが大切
盛り上がるのは自由。
興味を持たないのも自由。
そのどちらも尊重できる社会のほうが、
ずっと居心地がいいのではないでしょうか。

「みんなそう思ってるよ」は、だいたい幻想。
こどもがよく言う「みんな持ってるから欲しい」くらい全然みんなではない。
大切なのは“みんな”より、“目の前の一人”。
温度を合わせるのではなく、温度を理解する。
それが大人のコミュニケーションです。
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